しゃっ!
愁 「・・・うお」
つい、うめいちまった。
降るとは聞いていたが・・・積もってやがる。

神語SS 雪の日

学院から帰ってきて、暖房をつけるのが面倒で布団を被った。
寝て起きたらこのありさまだ。
とりあえず家の雨戸を閉めて回る。
念のためにとじんべえを着込んだが、すっかり冷えた床から、足に染み入るようにして冷えてゆく。
うっすらと2センチほどに重なった初雪が、庭を薄ぼんやりとさせる。

夕方の、もう遅い時間だな。
吐く息が白い。
・・・今、家の中だぞ?洒落にならん・・・
甘口の熱燗をくぅっとやってゲームでもして寝ちまうか。
一日の終りまでの未来予想図が出来上がったのだが。

トゥルルルルルッ

光 「あっ!愁、起きたわね?鍋、あんたのも用意してるから、大至急ね!」
いつもながら、どういう理由でこいつは俺の行動を掌握しているんだ?
俺が寝ていたこともそうだが、今日の夕飯については光となんの話もしていない。
ともあれ、有無を言わさぬ光の声に、食卓の上で白い湯気を立てる鍋が重なって・・・絵図面はすっかり塗り変えられた。
そういえば、鍋をつつくのも久しぶりだな・・・
何より、自分で用意するより遥かに美味いものが食えるのだから、文句はない。

光 「あ、それとね。来る途中、商店街でお買い物してきて!」
おい。
愁 「大至急じゃなかったのか?」
光 「だから大至急で・・・お願いっ!リストはね・・・」
絵図面どころか、こりゃ用紙からして総とっかえだな。
愁 「おーけぇ。わかったぜ」
光 「・・・ごめんね」
愁 「? またぞろ、尻餅でもつかれたら堪らんからな」
これも、よくあることだ。

 

 

チンっ・・・

光 「よしっと・・・神楽!明日の食材、確保!」
受話器を置くと、台所に向けて いえいっ とVサイン。
愁は歩くの速いから、ちゃっちゃっと用意しなきゃ。
耳元でほつれた髪を戻して、配膳にかかる。

神楽「12月の雪ですし、今日くらいなら、愁兄様にお願いしなくても良かったんじゃないですか?」
光 「えっ・・・と、そうかな?」
そりゃ 言われてみれば、そうかも。

神楽「日が落ちて一段と冷え込みますし・・・愁兄様、寝起きじゃ、ありませんでしたか?」
ああっ、そうだ! 愁、ちゃんと着込んで出てればいいんだけど・・・
なんで気付かなかったかなぁ・・・
えっと、神楽?その、困った顔で見詰めるのは・・・

光 「・・・怒ってる?」
神楽「無理もないとは思いますけど。・・・正直、心配です」
寒い思いをする愁兄様も、はしゃぎ過ぎの光姉様も、と付け加えられると、ぐうの音も出ない。

・・・でも、ね?
光 「やっぱ、ね、神楽・・・あったかい鍋で、迎えてあげよう?」
凍えて帰ってきたら、お疲れ様っ て。
ちょっと、遠回りさせすぎかもしれないけどさ。

光 「2人で玄関までね。それまでに、準備済ませとこう?」
今日くらい、愁にも付き合ってもらおう?いい?
神楽「あっ・・・・・・」

あたしの思うところは、神楽にも得心がいったみたい。
ママゴトかもしれないけど、ちょっとした楽しみ。
くすぐったい共犯者の笑みがこぼれた。
神楽「はいっ!」
光 「よおしっ 決まりっ!」
雪の日だからできるいいことって、やっぱりあると思うわけ。

 

 

かしゅ かしゅ

トレッキング用の頑丈な靴底が薄い雪を踏み分ける。
愁 「ふぅ〜っ、やっと着いたぜ・・・」
灯りの洩れる戸に手をかける。

ビニール袋の雪を払って中に入ると、ぱたぱたと足音が2つやってきた。
お、もう準備は出来てるみてぇだな。
タオルをもって2人が顔を出す。
光 「お疲れ様っ♪ 愁っ! もう仕度できて、って・・・」
えらい上機嫌で出て来てくれるのはいいんだが。
そのまま神楽と固まる。

光 「・・・天上さん?」
照 「・・・こん・・・ばんわ・・・んっ」
ころっ
俺の左袖から照がぺこんとお辞儀をすると、言葉と一緒に飴玉が零れ出た。
お、物を捕まえるのは案外上手いな。
『Hey-C 三膳のど飴』
一寸前にヒットした”天井 吉味”という実力派演歌歌手がCMしている、黄色い奴だ。
程よい酸味と甘さで、このところコートに常備している。

右手でしっかりと飴玉をにぎってから、俺たちの無言の注目に、むしろ照はたじろいだようだ。
愁 「喋る時は、べろの上からのけといた方がいいぜ?」
ころり
自分の口で同じ飴玉を転がして見せてから、照の手の平の小さくなったそれをハンカチでくるむ。

照 「ん・・・」
取り上げられて少し不満そうな顔をしたが、俺の反対の手が新しい飴玉を差し出していると気付くと、左手でそれを握り込んだ。
頬に、微かに笑みが浮かんでいる。
・・・照のこういうところは、なんか素直に嬉しいよな。

ぽん と照の頭に手を乗せて応えると、俺は光を振り返った。・・・まだ固まってたようだ。
こころなしか、光の目つきが険しくなってる気もするが・・・気のせいか?
愁 「問題ねーだろ。外で一人だったんだ。照の分ぐらい、余裕、あるだろ」
光 「あ・・・それは、勿論そうだけど・・・はぁ。通り越して感心しちゃうわね」
前半分を飲み込んで、光は神楽となにやら表情で語り合いだす。

愁 「・・・なんだよ」
光 「べっつにぃーっ なんでもないわよ」
愁 「なんでもないようには聞こえないんだが・・・とりあえず後にしてくれ」
俺だって寒いんだぞ?ましてや・・・だ。

愁 「ほら、照、上がれよ」
照 「・・・でも」
光 「あ!いいのいいの!遠慮しないで♪鍋は多いほうがいいもの、一緒に食べよ♪」
神楽「雪、被りませんでしたか?宜しければ、お使いになってください」

・・・俺に、タオルは・・・無いのか?

心配は無用だった。
照を迎え入れると、すぐに光が笑顔で振り向いて、丁寧に首まで拭いてくれた。
俺はまだ靴を脱いでないので、家の中にいる光と、同じくらいの背の高さになる。
・・・はっきりと雪で濡れたタオルを押し付けられて、心臓が縮み上がったが。

愁 「・・・なにすんだっ おいっ やめろっ」
光 「大人しくしてなさいっ なによっ だめっ ・・・途中で電話くらいしなさいよ」
タオルを押し付けたまま、ぼそっ と呟く。
首筋に当たるそれは、既に温まったようだ。
強く擦り付けられて、熱い。

愁 「あの商店街には電話がねーんだ。知ってるだろ」
光 「田島食堂で借りれば良かったじゃない」
愁 「そこまですることないだろ」
光 「ばか」
愁 「・・・・・・」
光 「・・・・・・」
愁 「・・・次はかける」
光 「・・・・・・・・・うん」

光 「・・・・・・愁っ」
愁 「なんだよ」
光 「朝一番で境内の雪かき、お願いね♪」
ぽんっ と笑顔で肩を叩かれて、どうやら理由は二重三重に用意されていることに気がついた。

 

<追劇>

愁 「お、そうだ、光」
光 「なに?」
愁 「ほら」
がさっ
光 「紙袋? ・・・わあっ やきいも!」
愁 「八百屋の店先で売っててな。もうそんな時期かって」
光 「いい匂い・・・ありがと。カイロ代わりでも許してあげる♪」
・・・おい
光 「で、こんな雪の日に、天上さんどうしたの?」
愁 「コッテリヤの中に居たんで、声を掛けてみたんだが。
    <・・・雪だから・・・水垢離(みずごり)やるって・・・>
    逃げてきたんだそうだ」
光 「・・・滅茶苦茶・・・っていうか、どうして?」
愁 「思わず怒鳴り込みそうになったぜ?」
あの不思議夫婦は早いうちに絶対どうにかしなきゃならんと思うんだが。
雪も降って絶好の舞台だが、今夜は討ち入りは後回しにする。
商店街で夜明かししそうな照が優先だ。
愁 「で、挑戦的なメニューを前に四苦八苦している照を連れ出してきたんだよ」
光 「・・・ひょっとして、クリスマススペシャルの、あれ?」
その通りだ。

照 「・・・きっと、全部食べれた」
根性は立派なんだが・・・
やめとけって。

<終劇>

 

神語の文法は、ちょと崩してしまいましたが。いかがでしたでしょうか。
ながながしいお話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

2002/12/14 「神語ねたばれ掲示板」投稿