思いつきバカ話 エヴァFanFic
本編再構成

アグレッシブ [aggressive]

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そのいち。


ご存知。使徒、ネルフ、第三新東京市、碇シンジ。

特務機関ネルフ 発令所
「シンクロ率、44.8%!」
「いけるわ」
 気負い気味のスタッフの報告を受けて一人腹を括る、癖のある黒髪を伸ばした女性、葛城ミサト、29歳。
 脇腹に大きな傷痕を残す、セカンド・インパクトの直接的な被害者の一人である。

「エヴァの状態は?」
「赤霧博士が確認中です」
「オーケー、でもね日向君。リツコの居るところで本名言っちゃだめよん。例え事務報告でもね?」
「あっ……も、申し訳ありませんでした!赤木博士!」
「……日向君。今日生き残れたら、用があるから私の研究室へ来るように」
 こめかみに青筋を浮かべる、染めた金髪を肩で切り揃えた女性、赤霧ツコ、30歳。
 戸籍の再登録の際、臨時の行政職員のミスにより名前を変えられてしまった、セカンド・インパクトの間接的な被害者の一人である。


「さて、リツコ?エヴァの状態は?技術的な勝算は?」
 不敵な笑顔でミサトが訊ねる。ここが作戦決行の可否を定める分水嶺だ。
「完璧な起動ね。勝ったと言って良いわ。その為の研究、その為の新兵器ですもの」
 怖い顔をしてモニターを見据えるリツコ。彼女の復讐が始まるのだと、その横顔が語る。名前の、仇だと。

「どういうものなの?単なるナイフに見えたけど」
 地上に向けて射出された初号機には、彼女がネルフ入所以来わき目も振らず、寸暇を惜しんで開発した武器が装備されている。
「あれはエヴァが発する微弱なA.T.フィールドを捉え、特定の性質を増幅するの。切れない物は無いと保証するわ…!」
「んー♪流石リツコ!それじゃ行くわよ!シンジ君。エヴァンゲリオン初号機、リフト・オフ!!」
 青い顔をした少年、碇シンジが硬直している。

 ガコン

 背中の留め金が外れた勢いで一歩前進する。湧き上がるスタッフの歓声。
 黒い皮膚に白い仮面をつけた巨人の前に、少年の乗った紫の巨人が対峙した。その距離、なんと腕一本分。
「シンジ君!エヴァの左肩にナイフがあるわ!よく切れるから、思いっきりブスーっとやっちゃって!!」
「う? うわあああああああああっ!」
 怖い怪獣の目の前に放り出されてパニックに陥ったシンジは、言われた通りに左肩部ウェポンラックから飛び出したナイフの柄を掴み取ると、相手の腹部に向けて突き出した!
「よっし!予想通りっ!」
 ガッツ・ポーズをとるミサト。考える暇も、緊張する暇も与えずに、言葉のイメージをストレートに実行させるという作戦だ。
 サバイバルナイフのような無骨な刃物が赤く発光し、最も目立った敵腹部の赤い玉に狙いを定めた!

 かつん

 弾かれた。発令所に一瞬の沈黙が落ちる。
「嘘よ!ありえないわ、そんなこと!!」
「リツコ?!」
「エヴァは起動してるのに!完璧な筈よ!私のアグレッシブ・ナイフは!!」
「ちょ……、落ち着きなさいよぉ、リツコ……」
 目を剥き、髪を振り乱し、あらん限りの狂態を曝け出す赤霧ツコ。長年の友人、葛城ミサトもちょっち引いた。

「……A.T.フィールドはパイロットの精神力場よ。いわば、精神が物理に作用する場なの。あのナイフはチルドレンのアグレッシブさを攻撃に利用するわ。"積極性"の中のある種の攻撃性を高め、それを侵略性に歪めて形而下に具現化する、防御不能の形而上攻撃なの……欠点は無いのよ……欠点があるとすれば……シンジ君っ!……あなた、無理矢理乗せられたからって、手ぇ抜いてるでしょうっ!!」
「リツコっ!それはあんまり……っ」
「そうよ、それしかないわ!無口無反応のレイが使ってさえ何でも切れるのよ?積極性の欠片でもあれば、万事解決の最強兵装なの!それが使えないだなんて、あなたどういうつもり?人間性の持ち合わせさえあれば、今頃・全部・片が付いてるのにぃいいいっ!!」
 あんまりな言い草である。なのだが
 通信マイクをひっ掴んだリツコは止まらない。歯ぎしりも止まらない。ぎりぎりぎり。
 突然わめき散らされたシンジは呆然としている。ショックすぎて言葉を咀嚼するのに時間が掛かっている。もぐもぐもぐ。
 更には使徒も光るナイフを突きつけられたまま、ぼーっとしている。なんだぁ、今のは?ぽりぽり。
「わああっ!私が毎日恨みを込めて作ったのが、あなたの所為で台無しよぉっ!」
「ちょっ、ああ、もうっ。エヴァンゲリオン初号機、回収っ!リフト戻して!!」

 結局、ストレッチャーの上の女の子、綾波レイが重傷を押して初号機にエントリーし、アグレッシブ・ナイフで使徒に止めを刺した。A.T.フィールドも頑丈な皮膚も完全無効化、トーフの如し。最強兵装の面目躍如たる一撃だった。
「やったわ、レイ!」
 お祭り騒ぎで苦労をねぎらいつつ、大急ぎでレイを集中治療室へ運ぶケイジの隅っこで、ぼろくそに言われた碇シンジは膝を抱えて打ち捨てられていた。
「ぐすっ、僕はやっぱり、いらない子どもなんだ……」
 何か色々、堪えた様である。







そのに。


 レイが零号機の起動実験に成功し、怪我も治り、ドイツ支部からやってきた弐号機と惣流・アスカ・ラングレーがアグレッシブ・ナイフを振るって大活躍をするようになっても、碇シンジは田舎に帰れたわけではなかった。
 やってくる使徒は一体ごとに厄介さを増していたし、なにより国と人間の人生を大量に傾けて作った祈りの兵器、エヴァンゲリオンを、何があっても遊ばせておく訳には行かないのだ。
「そうよ、とどのつまり、シンジ君との相性がとことん悪かったんだわ。科学者なら、ちゃんと実用的なものを作らないと」
 ネルフの技術部部長は、絶好調だった。

「この日の為に、シンジ君専用に作ってみたわ。あなたの独壇場だから、思いっきり使って頂戴」
「ちゃーんとお姉さんたちがバックアップするから、逃げちゃ駄目よん、シンジ君♪」
 蜘蛛型の使徒を前に、構えたナイフを突き出す碇シンジと初号機はへっぴり腰。
 あれからすっかり しょげてしまったシンジだけに、それが素直に突き刺さる訳も期待も無かった。が。

 べちょ

「って、あのナイフ、腐ったみかんみたいに潰れちゃったじゃないの!? リツコっ!」
「落ち着きなさい、ミサト。みっともない。あれは、あれでいいのよ」
 白衣の女性は、沈着冷静。その間にもナイフだったものは滴り落ちる。そして…

 ふにゃん くにょん みにょにょにょにょにょーーーーーーーーー…

 潰れたナイフの先端は、黒く変色し、粘り気を増し、くねくねと動きながら使徒を包んで徐々に大きくなってゆく。
 臆病な芋虫が何千匹ものたくるようなその動きは、知性のない意思の不気味さを備えていて、生理的にかなりクるものがある。使徒で慣れている筈の発令所職員も真っ青だ。
 と、突如使徒が暴れだす。酷く苦しそうだ。それもその筈、体が溶けて、溶けた分だけナイフが大きくなっていく。そうしてまた使徒の体が減っていくのだ。
「な、何が起きてるの? あれは何? エヴァって一体何なの?!」
「落ち着きなさい、ミサト。あれはリグレッシブ・ナイフ。アグレッシブ・ナイフの性質を逆転させてみたのよ。シンジ君の後ろ向きな気持ちを具象化して、周りの存在に伝染させていってるの。現象だけ見れば、周りを食べる物質ね。勿論、形而上からも侵食するから、A.T.フィールドだって例外では無いわ」
「……あんたって、ホントとんでもない物 作るわね」
「復讐のためよ。それにしても、予測より侵食速度が速いわ。……ちょっと。これは才能よ、彼の」
「まさにリグレッシブ・ナイフを使うために産まれてきたような子ですねっ 先輩♪」
「それを聞いても、シンジくんは喜ばないでしょうけどねぇ……」

 そして
「ちょっと、リツコっ!使徒を倒したのは良いけど、あれ、どうやったら止められるのよっ!」
「これは……想定外の結果よ……」
 第三新東京市の街の一角が、黒々とした物質に覆われていた。その成長はとどまるところを知らない。
 ぬたぬたと動くその真ん中では、紫色の巨人が俯いて立っている。
 ゆっくりと1万2千枚の特殊装甲を自身の兵装に溶解されながらも、蠢く金属に肩を巻かれたその姿は、まるで漆黒のマントを羽織った死神の様だ。
「このマントと共に死は訪れる……まさに、呪われた金属ね」
「馬鹿言ってないで、最後まで責任持ちなさいよ、責任っ! あんたが作ったんでしょうっ?!」
「そうね」
 ミサトは恐怖のあまり半べそをかいている。アスカに見せてなくて良かった、と心底思う。
 冷静極まりないリツコの姿が、却って不気味だった。
 今や初号機を始め、全員が死の危険に晒されているのだ。金属に、食われる。そんな冗談が現実になりかねない。
「マヤ、シンジ君を気絶させて。手段は問わないわ」
「駄目です。さっきからやっているんですが、一切反応がありませんっ!」
「どういうことよっ!」
「なんてこと……彼の精神が、エヴァの機能まで害していると言うの?」
「この際ご託はいらないわっ。人類滅亡の危機よ。シンジ君、聞こえてる?! 機体を捨てて逃げなさいっ!!」
『逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ……』
 聞いていない。
「逃げろっつーのぉ!!この餓鬼ぃ!!」
「ふぅ、無様ね」

 結局、鉄壁の無関心を持つ女の子、綾波レイが侵食を恐れずに突入し、初号機をリグレッシブ・ナイフから引き剥がした。活性を失った金属の山を回収するのにおおわらわなケイジの隅っこで、碇シンジはやっぱり忘れられていた。
「あはは、僕はやっぱり、いらない子どもなんだぁ……」
 そう呟いて、数匹のくまねずみと戯れている。
 何か色々、効いた様子である。




 建造に大量の資源と苦労を要する上に、使えば使ったで甚大な被害を出す欠陥兵器。
 そんなパトロンたちの弾劾の声を、いかに碇ゲンドウといえども抑えられるものではなかった。
 生成された侵食性金属はじりじりと活動を続けおり、人体に有害な電波も観測された。これには赤木博士も手を焼いており、向こう百年は処理できないであろうとして保管が決定された。初号機死すべし、の声もあがる。
 事ここに至りて、初号機の中の人、碇ユイが覚醒する。
 ロンギヌスの槍でコアを三回ノックされて目を覚ました彼女は、MAGIのモニターによって表示された寝起きの愛らしい表情で発令所スタッフを魅了しつつ、深々と頭を下げた。
「息子が……シンジがとんでもないご迷惑をお掛けしてしまって……せめて、親の責任は取らせてください」
「ユイ……」
 その痛ましい声に、ゲンドウが涙ぐんだ。

 すっかり困ったちゃんになってしまったシンジを強制シンクロ400%で取り込むと、ユイはその余勢を駆って、来襲した使徒を撃破。その後すみやかに、ネルフ本部下層の隔離区画、コキュートスにて永久凍結処置が施された。
 使徒戦が終了すると、初号機の左肩部ウェポン・ラックに一本のナイフが格納された。それまでアスカが振るい、幾多の使徒を屠ってきたアグレッシブ・ナイフ。人類最強の守り刀を当初の鞘に収めることは、碇ゲンドウの意向だった。
 豚に真珠。猫に小判。宝の持ち腐れ。
 碇ゲンドウがどんな思いを託したのかは、誰も知らないし、誰も関心が無かった。碇シンジがそのままの彼である限り、例え彼が帰って来たとしても、この兵装は半紙一枚切ることは出来ないのだ。
 そして、碇シンジからは、その機会は永久に失われている。
 かくして少年は、世界の暗部で神話になった。

「へぇ、これが初号機?実物見るの、初めてだわ」
「そう言えばそうだったわね。自分が使ってたナイフがここにあるの、やっぱり気になる?半身みたいなもんだったものね」
「別にぃー。道具に固執する気なんか無いわ。それより、この中にサード・チルドレンがいるってのは本当?」
「どうかしら。今も居るのかどうか……リツコの話は分り辛いからね。ここから出て来なかったことは事実よ」
「そうなんだ。どんな奴?」
「優しいいい子だったわよ。ただ、エヴァに乗るには心が虚弱すぎたわ。アスカの好みじゃないわよ、きっと」
「ふーん。ま、いっか。今日でここともオサラバね」
「さらば戦場の日々よ。我、青春の芳しき野を行かん、って所ね」
「馬鹿言っちゃって。似合ってないわよ、ミサト」
「えへへへーっ、って、失礼ねぇ」
「あははっ。じゃあ、これでお別れね。会えなくて残念だったわ、碇シンジ」

(……母さん……)

「んー?どったの、アスカ?」
「へ?あ、あれ?何、今の……気持ち悪い」 



終劇



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帰宅途中にふっと思いついて、夜のうちに書き上げてしまいました。
単純な言葉遊びというか、単語の関連を軸に、新兵器を扱えずに怒ったリツコに痛烈な文句を言われて落ち込むシンジ。
それが浮かんだ場面で、EoE式ピリオドまで。今までに無くダウナーなものが出来たのが不思議です。
最後までお付き合い戴き、ありがとうございました。

2003年09月08日 doodle






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