evangelion 小ネタSS
1.シンジが拾った赤い玉
1.比喩でもなんでもなく、アレがリリスのコアだったら。
1.それがサードインパクト後に時間を超えて「遍」在化したレイだったら。
綾波レイと呼ばれたこともある彼女は、見渡せば望むだけの距離と、過去と、未来を一望できることに気が付いた。
「広い……」
気の遠くなる程の無限の視界。
星空の中に投げ出されたように、ともすれば自分の場所を見失いそうになる錯覚を覚え、彼女は興奮と恐怖に駆られた。
「碇君……」
寄る辺を探し、彼女は綾波レイとして生きた間に最も関心を寄せた少年に思いを馳せた。
月の下で涙を溢すシンジ
公衆電話の前で途方に暮れるシンジ
彼のことを知りたいと思う。もっと。
視界が転換した。
砂場、シャベル、日暮れの公園
「碇君…小さい」
茜の空を背景に、幼いシンジが無邪気に笑っている。
振る舞いや雰囲気はあまりにも違う。
けれども、ふとした拍子に零れる反応には、既に自分の知るシンジと同じ内面が準備されている。
そのことに驚く。
傍らのベンチには、白い日傘を差したショートカットの女性、碇ユイが居る。
ネルフから育児休暇を取って彼女はここに来ている。
職場復帰未定、としていた彼女が通勤を始めるのは、この翌日のことだ。
ユイを見詰めれば、その背後に彼女の過去と未来が全て透けて見えた。
それは、遍く全ての時間に同時に存在する彼女の特権であり、至極ありふれたことだった。
そして特に興味も湧かない。
彼女は目の前の景色を見渡す。
水辺の公園には、シンジ母子と、彼女だけ。
穏やかな、この母子の心にしか残らない時間だった。
彼女は、自分の口元が柔らぎ、胸がくすぐったくなっているのを感じる。
「そう、これが嬉しいという気持ち……」
他の誰も知らない景色を共有する喜び。
ふと、黒い瞳と目が合う、煌めいて、駆け寄ってくる。
「……碇君?」
そのとき、彼女は自分の視点が変に低いことに気が付いた。
地面スレスレ。
「ねぇ!おかあさん!」
小さな両手が、彼女の視界を握って覆い尽くした。
「………」
彼女の全ての知覚は、今や幼いシンジの手の平で埋め尽くされている。
「………」
手の平が開かれる。
凄いもの見つけたんだ、これ絶対凄いものなんだよ、と母に報告するシンジの顔と、それに嬉しそうに応える碇ユイの顔が見える。
その瞳には、幼子の手の中にある、赤い球体が映されている。
ああ、そうか。
「私……今、コアになっているのね」
時の一点を覗き込む、その端末、360度の五感。
分け身、化身、観察者の瞳。
「もう少し、こうしていよう……」
シンジに見つかったことには驚いたが、その手のぬくもりは、なんだか手離し難いものに感じたのだ。
垣間見る、浮世離れしたユイの微笑み。
若々しく、ぎこちないゲンドウの眼差し。
あらゆるものに興味を示すシンジの行動。
彼女はシンジの生活を見ることに没頭した。
枕の横で、洗面台の上で、そして大半は、シンジのポケットの中から。
それはとてもとても気持ちのいいこと
この時間は、ある日を境に終わっていた。
彼女にはそれが見えた。
ああ、でもそれが何だというのだろう?
何よりのお気に入りは、シンジがひとりでいて、彼女に話し掛けてくる時だ。
「……そう」
赤い瞳は何も返事を返さないが、シンジはお構いなしに、思いついたことを語る。
そのおしゃべりはいつも風変わりな物語で、赤い玉は沢山の舞台を飛び回った。
「不思議……」
ロボットや怪獣の人形と共演、というのが、少々不満だったけれども。
しっかりと彼女を握りこむ手の平に、ある時感謝の言葉を呟いてみた。
「……ありがとう」
伝わるはずも無い、伝達機構を持たない独り言だったが、ぬくもりが増した気がした。
シンジが彼女をぎゅっと握ると、彼女は嬉しくなる。
するとどういう訳だか、シンジも笑顔になる。
それを見ると、彼女はもっと嬉しくなる。
なんだか嬉しくて嬉しくてたまらないシンジは、赤い玉に頬擦りをする。
「ん……ぱく」
……え?
彼女は全身でシンジの口の中。
ころころころころ
視界を閉ざされ、残りの感覚が研ぎ澄まされる。
気持ち悪いけれど気持ちのいい、なんだかディープな状態。
「……碇君……」
私をどうするつもりなの?
彼女によぎった恐れを感じたように、シンジは転がすのを止めて、赤い玉を舌で押さえつける。
「んー……」
取り出そうと、指が入ってきて、彼女を挟む。と、
「あら。シンジ、何食べてるの?」
「ん!…ごっくん。……母さん!」
真っ暗になった。
ぼふっ、と飛びついた暖かな体。
彼女の前に開けた小さな視界に、にこやかに笑った子どもを映す、ユイの瞳があった。
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2003年5月2日 doodle (2003年8月2日公開)
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