「なんだよ…あれ」
シンジは目を剥いた。
トウジは口を開けた。
ケンスケはカメラを取り落とした。

ピンク色をした薄い上着を着て、バラをあしらったピンクのキャップをかぶった筋肉質の男が、椅子に眠る少女の隣で踊り狂っている。
舞台の上のその男は、よく見れば肌色の全身タイツを着用しているのだが、遠目からはピンクの上着だけに見える。裸同然。
その上着も、コルセットやガーターベルトを思わせるフェミニンなデザインだ。

「『バラの精』。バレエ・リュッスによる1911年の舞台の再現ね。彼は少女の夢に現れたバラの妖精よ」
3人の隣でアスカが解説する。彼女は平然としたものだ。
「ごっつい怪しい見世物やな。小っさい子が見たら夢に出るで、ホンマ」
「バレエの見学だって聞いて楽しみにしていたのに…ああ、俺のプリマドンナが……」
そして売上が……。

トウジとケンスケならずとも、ショックを受けたり、涙したりしている男子は多い。
「ほんっと男の子ってバカでスケベで救いようがない生き物ね」
アスカならずとも、ため息をつく女子は多い。そのうちの何割かは、ため息の色が違っていたようだが。

一方シンジは、アンティークな家具に囲まれて夢を見る、少女役の女性に目を向けることで、精神の平穏を保っていた。
肌の白さと儚さが、水色の髪のクラスメイトを髣髴とさせる。
と、バラの精が眠る少女を操るようにして、ともに踊り始めた。
意識のない少女の後ろから糸を引く男。
シンジは思わず、バラの精に父の姿を見た。

「久しぶりだな、シンジ」
ピンクの下着に身を包む、半裸の父親。
「…父さん」
足を開いて、プリエ。交差した腕を持ち上げて、ターン。うっとりとポーズ。
そして乱舞する、赤いサングラスとニヤリ笑い。
走る、回る、宙を飛ぶ。バラの香りとピンクの世界がシンジを侵食する。
「…僕にそれを着ろって言うの?父さん」
「そうだ」

「アスカはこういう芸術って分かるのね」
つい妄想が走ってしまい、青くなったシンジを、ヒカリの声が引き戻す。
「じょーだん。もっと凄いの見ちゃっただけよ」
皆がええっと身を乗り出す。にわかには信じがたい。
「『牧神の午後』って言うんだけどね、これが、
 体にぶち模様を塗っただけのヤギ男が、水浴びしてる女の人を追い掛け回したあげく、奪った着物の匂いを嗅いで大喜びすんのよ」

 ピンクのネグリジェを掻き抱いて、司令室で咆哮を上げるゲンドウ。

「おわっ!どないしたセンセェ!しっかりせぇ!」
「シンジには刺激が強すぎる話だったな」

後日、ぐうたら女性陣の下着を洗濯するたび、アスカに睨まれるシンジだった。
「誤解だよぉ…」


一方。
「どうした、レイ」
「…碇指令、渡したいものがあります」
「ほぉ、良かったな、碇。レイからプレゼントだそうだ」
「そうか」
「…はい」
「うむ…ネクタイか何かか」
「ふふ、早速明日、つけて来なくてはな、碇」
「ああ。そうしよう。…手間をかけたな、レイ」
「…いいえ」
レイは満足そうに司令室を後にした。
あの兄にしてこの妹あり…。



-・-
ここでは安直に、「実は兄妹」だから発想が似ている、ということに。

2002年07月04日
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