「…上がっていけば?」
 「うん…そうさせて貰うよ…」
 外に居るだけで肌が焦げていくような昼下がり。
 強い陽光から逃れて、2人はマンモス団地の陰へと入った。

 夕べから始まった一連の実験は、リツコの
 明日は土曜日で、あなた達は休みでしょ。
 の一言で、つい先ほどまで掛かった。
 仮眠を取ったとは言え、寝不足にこの陽射しは2人には辛い。

 からん

 「んぐっ。ふぅ…生き返る…」
 カキンと冷えたミネラルウォーターが心地好い。シンジは目を細めて脱力する。
 グラスの中で、コンビニの氷がつくる鈍い光の陰影を眺めて、壁際に腰を下ろす。
 ちょっとミサトさんの気分だな、などと想像して涼しくなる。

 「碇君」
 「うわっ?!」
 目の前に赤い瞳、白い肩、白いバスタオル。
 シンジがうたた寝している間に、レイはさっさとシャワーを浴びてきたらしい。
 さっきまで窓辺で揺れていたタオルを、今は身体に巻いていた。
 大いにうろたえたシンジだが、とたんにぐぅ、と腹が鳴る。
 「…何か食べる?」と、レイ。
 渡されたのは、携帯口糧とビタミン剤。

 「う〜〜〜ん」
 その夕刻。シンジは自室で、端末を睨んでいた。
 学習用のノートに無線式のモデムを取り付けて、データを読み込んでは必要な部分を抜き出してゆく。
 検索のキーワードは、サプリメント。

 「あら、シンジくん、何か買ったの?」
 玄関から戻ってきたシンジの手には、どこかの社名の入った小包がのっている。
 「いえ、サンプルですよ。臭いがキツいものもあるみたいですから」
 どれどれ、と覗き込んで。
 「薬?」
 「違いますよ…ミサトさん、最近疲れ気味でしょ。一日5粒は食べてくださいね?」
 「…そんなに?」

 「え…と、これと、これと、こっちは良くて…」
 殺風景なコンクリートの部屋に、ラベルの色鮮やかな、プラスチックのボトルが置かれてゆく。
 こっちのメーカーの方が信頼性高いんだ、良かったら使ってみて。
 この少年は、わざわざ薬局で店員の説明まで受けて来たらしい。
 呆然と、レイはそれを受け取った。

 「あ、それとさ」
 玄関を立ち去ろうとして、振り向いた。
 「軍用の携帯口糧って、あんまり質は良くないんだって。パンとか卵くらいは、買っといた方がいいと思うよ」
 「…なぜ」
 「え?」
 パンについてでないことは、その雰囲気から窺い知れた。
 答えを待つ瞳は、動かない。
 対する少年は中に目を泳がせる。3歩半の距離を、じりじりと、沈黙が通り過ぎてゆく。
 彼には陽射しのほうが、まだ優しいだろう。
 「綾波…なんか、倒れそうじゃないか。だから、食べ物くらい…」
 「…そう」
 「うん、…あの、料理とかさ、苦手なら、少しは手伝えるから」
 「分かったわ」
 少年としては、精一杯の申し出だ。それだけに、素っ気なくとも、返事が貰えたことが嬉しい。
 ほっと肩の力が抜けて、笑顔になる。
 「女の子は元気なのが一番だしね」
 そう言って、喜びのあまり、少し早足に踵を返す。
 だから、最後の言葉に、残された少女がどんな反応をしたのか、彼は見なかった。
 「…」

 「ふ〜ん、ふん、ふンふん、ふん♪お・つ・ま・み、どこ・かいな〜♪」
 暇無しのネルフにあって、一日のオフを勝ち取ったミサト嬢。朝から盛大に英気を養っていた。
 ふと、机の上で目が止まる。白いビニールの小袋。
 少年が出掛けに、肝臓を傷めますよ、と置いていった。ビタミン剤の試供品である。
 最近、こういったものが家の中には増えていた。
 その手のパンフレットや雑誌も多い。
 ミサトの生活範疇には無かったものだが、これも誰かと暮らすということの産物だろう。
 やっぱ愛よね〜♪と鼻歌も軽く、戸棚を開ける。

 どさどさどさどさっ ばさっ

 「シンちゃん…私ってそんなに心配な人に見える?」
 戸棚いっぱいの試供品にすねまで埋まり、葛城ミサトはがっくりと膝を突いた。



-・-
第5使徒戦後、6話と7話の間を想定。
ミサトの鼻歌は、"♪Fly me to the moom"のラインで。

2002年07月04日
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