夕暮れの迫る第三新東京市。そのショッピングセンター。
 その外れにある『峰谷』という楽器店から、一人の少年が出てきて、ひとつ、息をつく。
 一見平凡な顔立ちに、何か満足げな笑みが小さく見て取れる。
 「…碇君」
 「え、うわっ、綾波?!」
 「?」
 「あ、と、珍しいよね、こんな所で会うのは。はは、…買い物?」
 こくりと頷く。
 「えと、夕飯の支度もあるし、」
 「何を買ったの?」
 「う……」


 「ホントはさ、内緒にしとくつもりだったんだけど…」
 人通りを避け、花壇脇のベンチに腰掛けてから、手にした大きな紙袋を膝に乗せる。
 そっと取り出したダンボールの箱に、商品名を記した張り紙が見える。
 「組み立てキット…ハープの?」
 レイの白い頬の下に、ほっと喜色が浮かんだ。


 「昨日さ、チラシを頼りに、行ってみたんだ、部室。そしたら、手作りだって聞いて…」
 深い青に染まる郊外の通りを、並んで歩く。
 数日前に朝の公園で出会ったハープ弾きの青年は、近くの高校生だった。
 どうして誘ってくれなかったの、と目で問い詰める少女に、ごめん、と微笑む。
 颯爽と案内したかったのだ、少年としては。


 26弦、ラップハープ。
 膝に乗せて爪弾く、小型のハープだ。
 桜から切り出されて整えられたウッドパーツに、金属パーツ、簡易ドリルなどの工具一式。
 きちんと箱に収められて、今は綾波宅の壁際に置かれている。
 寝返りを打って、それがあることを確認する。
 学校が終わったら、一緒に作ろう。そう言ってはにかんだ、少年の顔が重なる。
 明日が待ち遠しくて、レイは目を閉じた。


 「……ない」
 一人きりの室内に、ぽつりと呟きが落ちる。
 レイの足元には、梱包を解かれたキットと、説明書が朝日に照らされている。


 「ちゃんと言っておかなかった僕が悪いんだ、ごめん」
 今朝、出掛ける前に部品の確認をしたレイは、弦が無いことに気が付いた。
 夕べ、二人で見たときには、ちゃんとあったのに。
 申し訳なさでいっぱいになって、教室でシンジに声を掛けられたときには、我知らず涙を落としていた。
 もちろん教室中が大騒ぎになって、シンジに天誅を下さんとする男子生徒で沸き立ったのだが。
 レイがこれほど真摯に思っているというのに、この朴念仁はどこまで分かっているのだろうか?
 沈黙に耐えかねてソフトクリームを買いに走るシンジの背中を、目の端で睨むレイだった。


 「本当に申し訳ございません。注文を取り違えた、こちらのミスです」
 そう言って頭を下げた初老の『峰谷』の店長は、シンジにハープの金属弦を手渡した。
 キットの弦は、ナイロンと金属の選択式で、シンジは金属弦を注文していた。
 夕べ、帰り際に気付いたシンジが、キットからナイロン弦を持ち帰っていたのだ。
 いえ、たいしたことじゃないですから、と困った顔をしたシンジの後ろ、店の外に恨めしそうな赤い目線がある。
 「お詫びと言っては不躾ですが」
 店主は奥の棚から取り出したものを、もって来た。


 「綾波、お待たせ」
 「…」
 「あ、待ってよ。…これ、お詫びのしるしに」
 取り出したのは小さな陶器のペンダント。
 青い月に抱かれて、翠の星がしっとりと濡れている。
 「いい?掛けるよ」
 細いチェーンの端を持って、レイの首の後ろへと腕を回す。
 ちょうど制服の衿に沿うようにして納まった。そこが指定席だと、言わんばかりに、自然に。
 「…」
 「うん…似合ってる。 …と。 思う」
 言い出して赤面したシンジが、なんとかそう言って微笑む。
 レイは、しばらく、ペンダントトップを手にとって眺めてから、そっと衿の内側へ入れる。
 「……ありがと」



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2002年06月27日
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