「あれ?…こんな早くに…広場のほうかな?」
起き抜けの霞んだ頭に、澄んだ空気が心地好い。
自然と落ち合うようになってから数日、普段は貸切の公園に、今朝は先客がいるようだ。

第3新東京市の外れにあるこの公園は、ゆるい丘陵地をそのまま生かした、緑の豊かな大型の公園だ。
単純ながら工夫を凝らしたアスレチックのある遊具場。
散策にもってこいの、生垣と花壇に囲まれた庭園。
見晴らしの良い、ただ芝を敷き詰めただけの広場。
それらを多彩に植樹された林が隔て、傾斜に沿ってゆっくりとうねる道が繋ぐ。
曜日を問わず、この迎撃要塞都市に勤める者たちとその家族に、憩いの場として親しまれている。

その一角にある噴水の前を離れると、 いんっ と震える弦の音が、微かに耳に触れたのだ。
時間に余裕のある2人の中学生は、音に誘われるままに、ウッドチップを敷いた道を歩いてゆく。
少年が先、一歩半の距離を開けて、その脇を少女が付いてゆく。
昨日の軽い夕立のお陰か、木々の梢が、たっぷりと水を含んでいるのが分かる。

それぞれに白のTシャツ。少女のものはワンサイズ大きいか。
それに、学校指定の体操服と思しき短パンをはいたシンジと、
こちらは先日購入したばかりの、浅葱色のチノパンをはいたレイだ。
道を行くと、左手のミズナラの木立が途切れ、長い影で色分けされた、緑の丘が広がる。

木陰のかかる広場の端、巨人の碁石のような丸い大理石のベンチの上で、一人の青年がハープを弾いている。
黒いTシャツに、白い薄手のパーカーを羽織って、下はジーンズ。
帽子のつばに隠れて、表情は見えない。

膝に抱えた小さなハープは、その両手でかき鳴らされて、軽やかに、絶え間なく歌を奏でる。
独特の余韻は、どこか古い町並みの路地を思わせる郷愁を誘いながらも、
浮かれ騒ぐ小鳥のように鳴き交わし、飛びまわり、気持ちを穏やかに弾ませる。
見慣れた場所に見つけた、不思議な光景だった。

羽ばたきの音を残して、演奏がやむ。
青年が帽子を上げて軽くお辞儀をする。気付かれてた。
目が合って、慌ててシンジが拍手をする。つられてレイも倣う。
すっかり聴き入っていた。

「え…ここで、ですか?」
「そう、野外演奏会とシャレ込もうってね。
 即席音楽団の初舞台としちゃ、これ以上無い好い場所だって」
一月後に行う、コンサートの練習だそうだ。
良かったら、聴きに来てよ、と、ビラを渡された。卒がない。


「ドコほっつき歩いてたのよ、バカシンジ!遅刻しちゃうじゃない!」
「…ごめん。ハムエッグでいい?」
さて帰ろうかと考えた矢先に、弾いてみる?と差し出されたのだ。ハープを。

白木で作られたそれは、素朴ながらもびっしりと彫刻が施されていて大いにシンジを慌てさせたのだが。
にこやかな青年の口調に、恐る恐るながらも触らせて貰った。2人して。
綾波もああいうの興味あったんだな、と、嬉しくなる。

「…何にやけてんの?」
気が付けば、アスカが胡乱な表情で覗き込んでいる。
「な、なんでもないよ!別に」
「ふぅん?」

「どうでもいいけど、早くしなさいよ!ミサトは当分起きないし…ほら、トースト」
よっぽど今朝のことを話したかったシンジだが、やめておいた。
レイと会っていることは、まだ誰にも話していないのだ。邪魔はされたくない。
適当に濁しておく。…あ、マーガリン塗ってくれてある。

「いってきまーす!」
アスカ、シンジの順番で玄関を飛び出す。
いってらっしゃい、と見送ったのは、家主のスルメを手にしたペンギンだけだった。



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2002年06月21日
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