「起きなさい!!バカシンジっ!」
げしっ
蒼い髪の少女が夢のように微笑むと、突如月から蹴り落とされた。

「つ…何するんだよ、アスカ……まだ全然早いじゃないかぁ…」
盛大に足蹴にされた少年は、スズメが派手に鳴き交わす窓の向こうの涼しい大気に、二度目のうめき声を上げる。
もっとも、同居人の少女が窓のこちらで撒き散らす上機嫌のほうが、彼の身には重大事だ。

「何甘えたこと言ってんの!あんた自分の立場わかってんの?!」
目の前には赤い髪飾りが、腰に手を当ててシンジを睨みつけている。
「飛び入り参加のサードチルドレン!シンクロ率だけ有れば良いってもんじゃないわ!こないだの400M走、クラスで何位だったか、覚えてるでしょうね?」

「…それで?」
正直、思い出したくない結果だ。
「だ・か・ら!今日から特訓!あんたのふざけた基礎体力を、このあたしが徹底的に叩き直してあげるわ!」



言わずもがな。少年は同級生の中でも一風変わった日課を持っている。
NERV技術部の試験と作戦部の訓練という部活を掛け持ちし、おさんどんと、休日には掃除と洗濯をこなす。
なかなか充実した生活である。

彼の好むぬるま湯の如き平穏は、それでもこれらをキープしておけば保たれた。筈だったのだが。
「(僕のための特訓って言っても、なんかアスカ、変に真剣だし…)」
突然の申し込みを勘ぐってみても、都合の良い動機を夢想するには、難が有り過ぎた。

ともあれ、機嫌の良い時の彼女ほど、逆らって怖いものはない。
睡眠不足でへろへろ。体力不足でふらふら。
それでも安息の地であるベッドには、時限式で青い目の獄吏がやって来る。学校の休み時間を諦めた。



いかな要塞都市とはいえ、山中の街。中心を離れるとその道は、アップダウンのきついものが多い。
そこに「平常心」と書かれたランニングシャツの少年がやってくる。
猫背気味の少年は団地の影を選んで走るが、新品のアスファルトが放つ輻射熱はとても元気だ。

坂を登りきった先は広い公園になっていて、ちょっとした木陰に入れる。
先日まで自分を追い立てていた少女が、そこの噴水で足を踏み鳴らして待っている筈だ。
勿論、ストップウォッチをもって。

やっとの思いで坂を上りきる。向うずねと喉がばらばらに痛みを訴えて、思わず天を仰ぐ。
「(…あ、れ?)」
くらっと来た視界の先に、見慣れた人影が映った。水色の、淡い色彩。赤い…



「アスカー?まだ寝てるの?」
「いま行くわよっ!」
朝から凛と響く声に、思わず苦笑する。ミサトさんも、これくらい寝起きがよければカッコいいのに。

結局、あの日遠くに見えた少女が綾波だったのか、幻だったのか。彼は確かめていない。
いつか近くに見つけたなら、そのとき確かめれば良い。
坂の上から見渡す景色を、いまでは好きだと思えるようになった。

「今日からは、またノルマを上げるわよ!」
少しでも早く辿り着けたなら、彼女に近づけるだろうか?愚にもつかないメタファーだが、悪い気はしない。だから、
「うん!」先ずは、走ろうと思った。



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2002年07月04日
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